日本のジュエリー:縄文時代

最終更新: 2026-07-15

Jewelry in  japan jomon

日本初のピアス文化

日本に初めて近代的なピアススタジオができるよりはるか昔。いまから約1万4,000年前の日本列島には、すでに耳たぶを拡張して装身具を楽しむ人たちがいました。土器の縄目模様にちなんで名づけられた縄文人は、世界的に見ても、先史時代のピアス文化がよくわかる例のひとつです。残された耳飾りは種類も数も多く、その作りの丁寧さには、いま見ても驚かされます。

縄文人とは

縄文文化が続いたのは、およそ紀元前1万4,000年から紀元前300年ごろまで。先史時代のなかでも、とびぬけて長く続いた文化のひとつです。人々は主に狩りや採集で暮らしていましたが、食べ物が豊富な場所では、半定住のムラをつくることもありました。漆を塗った木の器や土偶に加えて、土・石・骨・貝・角など、さまざまな素材でつくられた装身具が数多く残されています。勾玉(まがたま)の原型とされるコンマ形のビーズが登場するのも、この時代です。

Jomon people skeleton
Souka Kinmei, CC BY 4.0, via Wikimedia Commons

さまざまな耳飾り

考古学の調査からは、縄文の耳飾りにいくつかのタイプがあったことがわかっています。いちばん古い例は、縄文早期の関東平野で見つかった、切れ込みの入った平たい円盤状の石製品です。この切れ込みに耳たぶを挟んで留めるつくりで、穴を開けずに身につけられたと考えられています。

耳たぶを拡張するタイプが広まるのは、もう少しあとのことです。縄文中期から後期になると、糸巻きや滑車のような形をした土製のピアスが主流になります。身につけるにはピアスホールを開け、少しずつ拡張していく必要がありました。耳たぶに穴を開けるのは10歳前後から。そこから数年かけて、段階的にサイズを上げていったようです。大きなものでは、直径10〜12cmに達する例も見つかっています。

千網谷戸遺跡出土 土製耳飾群
Saigen Jiro, Public domain, via Wikimedia Commons

石製・土製の両方で見つかるC字形の玦(けつ)も、興味深い装飾のひとつです。人骨と一緒に出土した玦を調べると、切れ込みに耳たぶを通して留める方法が、いちばん一般的だったことがわかっています。形のバリエーションを見るかぎり、早い時期には男女を問わず身につけていたようです。一方、後期に増える栓(プラグ)形の装身具は、女性の人骨とともに見つかる例がほとんどで、儀礼やシャーマン的な役割と結びつく場面が目立ちます。

Earrings with a slit
ゲルマニウム, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons

素材とつくり

縄文の耳飾りにいちばん多い素材は土です。赤い漆を塗ったものが多く、赤は縄文の人々にとって、儀礼と結びつく特別な色でした。大きな耳飾りに石ではなく土が選ばれたのには理由があります。土のほうが軽いからです。直径10cmほどの石の円盤を耳たぶで支えるのは、さすがに難しかったのでしょう。石の耳飾りは比較的小ぶりで、穴を開けない初期のタイプに多く見られます。なかには、狙った質感を出すために、何度も焼き直した跡が残るものもあります。

ニューヨークのメトロポリタン美術館には、縄文晩期(およそ紀元前1000〜300年)の耳飾りが収蔵されています。この時代の装身具は、ただの飾りにとどまらず、精神的な意味を担ったり、社会的な立場を示したりするほど、手の込んだものになっていたことがうかがえます。

MET 210396
Metropolitan Museum of Art, CC0, via Wikimedia Commons
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Metropolitan Museum of Art, CC0, via Wikimedia Commons

ボディピアス史から見た意義

縄文の耳飾りがおもしろいのは、その意味が日本の中だけにとどまらないことです。耳たぶを拡張して装身具をつけると聞くと、いまでは一部の部族の習慣や、現代のボディモディフィケーションを思い浮かべる人が多いかもしれません。でも縄文の出土品を見ると、こうした習慣は東アジアの先史時代にはごく当たり前のことで、それを楽しんでいたのは、豊かな暮らしと高い技術をもつ定住の人々だったとわかります。

ピアスや耳たぶの拡張は、限られた人のためだけの、めずらしい習慣ではありませんでした。年齢や立場、性別、儀礼での役割を伝えるものとして、人々の暮らしにしっかり根づいていたのです。

MAYのこだわり

縄文の職人たちは、実用性を見極めて素材を選んでいました。大きさが必要なら、石ではなく土を。狙った質感があるなら、漆を。現代のボディジュエリーがインプラントグレードのチタン(ASTM F136)やインプラントグレードのスチール(ASTM F138)にたどり着いたのも、同じ考え方からです。大切なのは、見た目に素材を寄せることではなく、身体と使い方に素材を合わせることです。肌や組織に触れるものに、何がふさわしいのか。縄文の人々は、その問いに1万4,000年をかけて向き合ってきました。その積み重ねは、いまの私たちも大切にしたい知恵です。

ヘーラーアイレット シリーズ
 シングルストーンティアドロップアイレット

「日本のジュエリー」シリーズの次回は、縄文の豊かなピアス文化から、装身具のあり方が大きく変わる江戸時代まで、その間に何が起きたのかをたどります。