ピアスの歴史:古代インド

最終更新: 2026-06-14

歴史 インド

古代インドのボディピアスは、ほかの古代文化と比べても少し雰囲気が違います。多くの地域では、ピアスは飾りや身分のしるしとして扱われてきました。一方でインドでは、医術の考え方や宗教儀礼、そして人生の大きな節目と結びつきながら受け継がれてきた文化があります。

この投稿では、そうした背景の中からいくつかのポイントをピックアップして紹介します。ここでお伝えするのは全体像の入口なので、気軽に読み進めてみてください。

カルナヴェーダ:神聖な儀礼としての耳たぶピアス

インドでは、ピアスを開けることは見た目のためだけではなく、ヒンドゥー教の16のサンスカーラ(通過儀礼)のひとつであるカルナヴェーダ(Karnavedha)という儀式でもあります。

Baby ear piercing function

この儀礼は、子どもが文化的・精神的な生活へ迎え入れられる節目を表すもので、一般には乳児期から5歳頃までに行われます。伝統によっては、男児は右耳から、女児は左耳から先に開けるとされる場合もあります。日取りは吉兆とされる月の巡りに合わせて決められ、特定の読誦を伴い、命名式や聖紐の儀礼と同じくらい大切に扱われてきました。

そして今でも、その形は地域やコミュニティ、家庭によってさまざまです。南インドの多くの家庭では男女ともにカルナヴェーダが一般的ですが、別のコミュニティでは男児では少なくなり、女児ではほぼ普遍的に残っているケースもあります。

『スシュルタ・サンヒター』:医術としてのピアス

古代インドの魅力は、まだあります。現存する世界最古級の医学書のひとつである『スシュルタ・サンヒター(Sushruta Samhita)』は、紀元前6世紀頃までさかのぼるとされるアーユルヴェーダの外科マニュアルです。そこには耳たぶのピアス技法が、丸ごと1章分まとめられています。

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内容は驚くほど実務的で、反射光で耳たぶの自然な切れ目を探す方法、どんな器具を使うか、刺す角度、出血したときの対処まで、手順がかなり細かく書かれています。さらに、位置が適切なピアスと、ポイントを外してしまった場合を区別し、局所の静脈を傷つけると特定のトラブルにつながり得ることにも触れています。

またアーユルヴェーダでは、耳たぶの特定の部位がマルマ(marma)という重要なポイントに対応し、生殖の健康や神経の通り道、体質全体と結びつくと考えられてきました。女性では左の鼻孔にも関連がある、とされます。つまり、ピアスは単なる装飾に後から意味づけが加わったものというより、医術の枠組みの中で長い時間をかけて語られ、実践されてきた側面もあるということです。

ナート:ノーズジュエリーと女性の節目

The evening of the wedding

ナート(nath)と呼ばれるノーズリングは、インドのブライダルジュエリーの中でもとくに印象的な存在です。インド文化にいつ取り入れられたかは歴史家の間でも諸説あり、10世紀頃までさかのぼるとする見方もあれば、13〜16世紀のムガル帝国の影響とともに伝わり、急速に広まったとする説もあります。

一方で、このノーズジュエリーがどんな意味を持つようになったのかについては、比較的はっきりしています。ナートは婚姻の状態、地域アイデンティティ、家の富を示す象徴となり、シンプルな金のスタッドから、真珠やサファイア、鼻から耳へつながる金のチェーンを伴う華やかなものまで、地域とコミュニティごとに多様な形式へ発展しました。

ヒンドゥー教の図像では、ノーズリングは女神パールヴァティーが既婚の姿で現れるガウリーと結びつき、身につけること自体が婚姻の吉兆を司る女神への連想を強めます。多くの伝統では、花嫁のナートは自由に選ぶというより、家の地域やコミュニティに固有の型があり、その背景を知る人であれば、つけている人の出身地や立場も読み取れるのです。

6 Siva and Parvati seated on a terrace. 1800 circa BM

素材と地域に根付く職人技

インドのピアスジュエリーは、素材の幅がとても広いのも特徴です。富裕層向けの精緻な金細工から、地域で親しまれてきた銀、日常使いのガラスや真鍮まで、背景も表情もさまざまです。

その上で、粒金細工(グラニュレーション)や透かし細工(フィリグリー)、クンダン留め(石を爪で留めず、金箔に直接はめ込む技法)といった金工技術が、驚くほど繊細な表現をもつジュエリーを生み出してきました。

Earrings India late 19th century CH 18386845
Pair of earrings northern India 19th century gold pearls and clear stones Honolulu Academy of Arts

こうした技術は、単なる歴史上の産物ではありません。歴史の中で途切れることなく受け継がれ、現代のインドの金工職人たちの手でも今なお使われています。

MAYのこだわり

古代インドで育まれてきたピアス文化には、現代のボディピアス界で定められている基準にも通じる考え方があります。要するに、身体に触れるものほど大事だということです。

『スシュルタ・サンヒター』が、開け方だけでなく治り方や部位の条件にまでしっかり触れているのは、材料の基準が整うずっと前から、身体との相性を大切にする感覚があったことを示しています。

MAYでは、インプラントグレードチタン(ASTM F136)やインプラントグレードスチール(ASTM F138)などを選んでいます。古代インドの考え方に寄り添い、身につけるものが刺激になったり、成分が溶け出したり、組織の負担にならないことを大前提としています。

もうひとつ挙げたいのが、ガラスジュエリーです。ガラスはボディジュエリーに使える素材の中でも特に不活性で、顕微鏡レベルで滑らかな表面を持ちます。金属では出しにくいなめらかさがあり、治癒中で組織が敏感になりやすいときにも使用できます。

ティアドロップアイレット シリーズ
シールドイヤリング
フラワーエンド

「ピアスの歴史」シリーズの次回は、古代マヤのピアスジュエリーです。翡翠のイヤーフレアが、装飾・身分の象徴・そして通貨に近い役割まで同時に担っていた文化を取り上げます。